日月の未来記 「日月神示」岡本天明の予言
- 著者:北川 達也
- 出版:コボル
- 発行:2021年12月13日
- 価格:1,500円+税
- 頁数:288ページ
- 評者:西野 良子
- 編集:スピりんく 編集部
スピリチュアルブログ版ダイジェスト
本書は、著者の北川達也氏が、日月神示を独自の視点で読み解き、ダイジェスト版としてまとめた1冊です。
<<著者「北川達也」氏について>>
著者の北川達也氏は、ソフトウェア会社の経営者として、また神職としての最高階位「明階」としても活躍しています。執筆活動もさかんで、これまでに神社での祈りについての著書『祈り方が9割』や、ブッダの教えについての著書『ブッダの獅子吼』なども好評です。
そんな著者は、日月神示については15歳の頃から何度も読み返していたものの、どうにも理解できずにいたといいます。ところが、2021年7月1日から急に一厘の意味が肚で分かり、読み解くことができるようになったということで、本書を緊急執筆されました。
<<日月神示が示す生きる希望>>
日月神示とはそもそも、1944年から1961年に掛けて、画家の岡本天明が、自身に降りてきた世の元の神様からの教えを自動書記により記したものです。
読み解くのは難解とされ、様々な解釈がある中、著者が読み解き審神者した本書では、コロナ禍の始まった2020年から、真のミロクの世の到来とされる2029年、まさにその通過点である今、私たちがどのような心持ちで、どのように生きるのかの道標や生きる希望を与えてくれています。
<<大難を小難にする生き方>>
日月神示では、やがて人類は3分の1になると予言されています。昨今、スピリチュアル界隈では、2025年7月のことが話題になっているため、日月神示の内容とも合致することで気になっている方も多いと思います。
しかし、著者が読み解く神示を元に理解を深め、改心し、またこの神示を広めていくことで、大難が小難にできるというのです。
本書に抜粋されている下記の日月神示の原文からも、それを窺い知ることができます。
「どこで、何していても、道さえ、踏んでおれば、弥栄えるぞ。行きづまったら、省みよ。」
「神の道に、入り、道を、踏んでおれば、やり方一つで、何でも、よく嬉し嬉しとなるぞ。」
「改心と、申すのは、何もかも、神に、お返しすることぞ。」
また、神示では繰り返し「我よしでは、ならん」ということで、自分さえ良ければいいという生き方を戒め、人のため、神のためを考えて生きることを説いています。
この世のものは何一つ自分の所有するものではなく、神から与えられているということをまずしっかりと自覚することが大切です。
そして、他から奪い、自分のものにすることをやめ、みんなが「嬉し嬉し」となるような、与え合い調和していく生き方をすれば、大難は小難となって、ミロクの世を迎えられるという希望の光が見えてきます。
目次
- 始めに
- 第一の扉 神の御手にあった光りの神示
- 第二の扉 2020年から、七六かしい世
- 第三の扉 今、胸突き八丁、フンドシしめよ
- 第四の扉 薬は、毒に、なることもある
- 第五の扉 悪の総大将、天変地異、一厘
- 第六の扉 数の、富士と、鳴門の仕組
- 第七の扉 世の元の生神様の仕組
- 第八の扉 2024年は、神界の紀の年
- 第九の扉 神様の御用のために
- 第十の扉 大奥山の大御神業と縁
- 結び
一言コメント
本書は、自動書記によって降ろされたという岡本天明の「日月神示」を、著者が審神者して、著者の視点で編集しなおした日月神示ダイジェスト版名言集といえる1冊です。難解だとされる日月神示ですが、著者の読み解きによると、2020年のコロナから2029年の真のミロクの世の到来が予言されていることが分かります。
注目の文章ピックアップ
・この神示、八通りに読めるのぢゃ。七通りまでは、今の人民でも、何とか、わかるなれど、八通り目は、なかなかぞ。一厘が、隠して、有るのぢゃ。
・私は、十五歳の頃より、何度も、「日月神示」を読み返してきましたが、どのようにしても、真の理解には至りませんでした。しかし、結びで述べますが、2021年7月1日を境に、一厘の意味が肚でわかるようになり、読み解くことができるようになったのです。
・ほうっておいても、神に、背むくものは、自滅して行き、従うものは、弥栄えて行くぞ。
・多数決が、悪多数決と、なるわけが、なぜに、わからんのぢゃ。投票で、代表を出すと、ほとんどが、悪人か、狂人であるぞ。
・そなたは、動機が、善ならば、失敗は、薬と、我の都合のよいように、我と、我を、弁解してござるなれど、弁解したのでは、薬に、ならん。
・大の虫を、生かすため、小の虫を、殺すことは、やむを得んことぢゃと、申したり、教えたりしているが、それも、ならんぞ。すべてを、殺さずに、みなが、栄える道が、有るではないか。
・縦には、神と神界と和し、横には、人と環境と大和して、ゆくところにこそ、生の、命の嬉し嬉し、有るのであるぞ。
・次の岩戸閉めは、天照大御神の時ぞ。大神は、まだ、岩戸の中に、坐しますのぞ。だました岩戸からは、だました神が、お出ましぞと、知らせてあろう。
・真心に、なりたならば、自分でも、わからんほどの、結構、出て来るぞ。